2014年10月22日

あがり症の体験記 克服までの辛い道のり

わたしは小学生から人前での発表に違和感を感じ人よりも緊張してました

かといってそれ以外では結構活発で友達も多かった子です

基本的に明るいし、人間関係もよかったです



自意識が芽生える頃からどんどんあがりがひどくなっていきました

コンプレックスに感じてました

でもそれでも24時間それにとらわれることはなかったです

考えない時は考えなかったし、だましだましですが、大きな失敗もなく過ごせていました

ただし成長するに連れて、どんどん発表の場や本を読むように指名されることに恐怖感が増していきました



中学も三年生になる頃には、非常に自分に違和感を感じました

どんな違和感かというと・・・・本を読み上げている時に異常に首や背中に力が入って、息苦しくなって、動悸も周りに聞こえるんじゃないかなと怯えるほど大きく音を立てて、持った教科書が手汗でびしょびしょにぬれるくらいでした

さすがにわたしもやばいと思いましたが、自律神経のバランスが崩れているため、どうすることもできません(そんな概念なんてわからなかった)

周りの人たちにわたしの異変を感じ取られているんじゃないかという不安もこの頃からヌクヌクと身をもたげてきました



それでも何とか必死で自分をコントロールしようとして、ぎりぎりのところで切り抜けてました

確実に指名される教科書の読み上げがある授業前、極度に顔が青ざめているわたしが、友達から心配されたことがありました

あきらかに異常な雰囲気をわたしは醸しだしていたのです



高校時代、わたしはそれなりに勉強をして進学校に進めました

進学校のクラスメートはみんなまじめで、わたしはその重苦しい雰囲気にあまり馴染めませんでした

思えば中学時代のクラスの雰囲気で、わたしのあがり症の進行は食い止められていたのかも、まあギリギリでしたけど・・・

授業もスパルタ式でとても厳しく、英語の和訳を発表する時、少しでも間違えると怒られるほど

その張り詰めた空気で、わたしの緊張はマックスです

物音一つたたない教室で、発表する人の声や息遣いまで聞こえる・・・・

ついにわたしは立ち上がり、発表することになりました



しかし第一声でわたしの声は裏返りました

まずい!! しまった!!! どうしよう・・・・・

最初のつまづきで急激に息苦しくなり、頭がクラクラしてきました

それでも落ち着こうと少し間を置くことはできました

最初のパニックは遠のきましたが、次読み上げた時、声が震えて震えて、これもコントロールできなかった

か細い声だったと思う

張り詰めた空気がさらに増した気がした

足もガクガク震えていて、発覚したらまずいと思った

息も絶え絶えに発表するけれど、ついに限界が来た




わたしはストンと席に座りました

もう立っていられなかった

クラスメートはわたしの具合がわるいと思ったのか、「大丈夫?」と聞いてくる

怖い教師も「どうした、おい、具合がわるいのか?」と言ってくる

わたしは「大丈夫です・・・」と消え入るような声でやっと答えた

この時はどうやらわたしの体調が悪いからということになったけれど、わたしは自分の本当のことを知ってた

あがったからそうなったのだと




この時わたしの中で何かが終わった感じがした

今度指名された時の恐怖、あがり症が発覚した時のクラスメートの態度、ここまであがり症が悪化していたという事実へのショック、動悸は一向に収まらず、教科書はわたしの汗で濡れていた

足の震えも全くおさまらず、本当に気分も悪くなってきた

この後わたしは保健室に行くことになって、その日の授業を休んだ

でも、この時から予期不安が急激に増した

いつか発覚して大失敗をまたしてしまうその日のことをずっと考える予期不安に囚われた

どうにかしなくちゃおわりだ・・・・・

このことばかり考えた

──────────────────────────────────────────────────────────────────────

これがわたしの小学生から高校生の途中までのあがり症体験記です

この後も社会人になるまで、症状に苦しめられました

あがり症があるばっかりに、他のことも犠牲になっていきました

憂鬱なイライラした暗黒時代の到来です😞




極度の緊張でパニックになったらもう何をしてもダメですね

どうにか早く緊張状態から切り抜けようと早口で発表をするようになっても、それが逆に違和感感じたり、息も浅くなったり乱れたり・・・・




現在もあがり症で苦しんでいる方へ

当時の生々しい体験を読まれて気分が悪くなったらすみません😖

でも今のわたしは悪魔のあがり症を克服できました

だから希望を持って、日々を生きてください

いや、希望を持たずして、あがり症の悪夢は解決できません

わたしもあがり症を克服した方の体験記を読んですごく励まされましたから

これからも体験記と克服記を書いていきたいと思います

こんなわたしでも今は凄くハッピーです😃💕


posted by piyopiyo at 23:37| Comment(0) | あがり症の辛い記憶と体験 | 更新情報をチェックする

2014年10月20日

あがり症の発現 わたしのつらい過去の記憶 あがり症の子への懺悔

わたしのあがり症への道は思えば小学校の時から始まっていたかな

とにかく人前で発言したり発表することが苦手だった

友達は多かったし、わたしも楽しく学校ライフを過ごしてたけど、国語の授業で当てられちゃった時のドキドキ感は人よりもあったと思う



ただしその時はあんまり深く考えたりしなかった

だから苦手だなという感じですんでいたんだけど、たしかにあがり症になる種はこの頃に蒔かれていたんだと思う

なんで友達や他人と話す時はどぎまぎしないのに、発表ごとの時だけ動悸が強くなって息がしにくくなるのかわからなかった

ただそうなる、それだけの現象だと思っていたし、まだまだ自意識が少ない頃だったから、それ以上の悪化はなかった



でも嫌で嫌でしょうがなかった

なんとか人並みにやり遂げようとばかりしていて、特別に発表で褒められることもなかったし、この頃は人から笑われるような大失敗はなかったと思う



問題は自意識が芽生え始める時から

恐ろしいことに、わたしは中学のクラスメートの男の子が国語で教科書を人前で読む時に、どうもつっかえたり震え声でいたのを「わたしじゃなくてよかった」と思いながらも、わたしよりもひどい状況に友達と噂しあったりしてた

友達が「○○ってさ、当てられた時おもしろいよね」と言ってきたのを、正直ドキドキしながらも、「そうだね、おもしろいね」と友達に合わせてくすくす笑っていたんだ

本当は泣きたかったし、すごく劣等感を感じた

その子に申し訳ないなと思った、かわいそうだと思った



だけど私よりひどいコがいた事に関してはホッとしていた

でもこの複雑な思いは、どっちにしてもわたしの心に矛盾を与えたし、苦しかったことにかわりはない

当時はまだひどいあがり症ではなかったけれど、あきらかに小学生の無邪気な頃に比べて、教師から指名されるのが嫌だった

嫌な教師の時は、ほんと息が詰まる思いだった



あのあがり症の子はその後どうなったんだろう?

クラスは別々になったし、あがり症がどれくらい彼にとって悪化していったか知るすべはないけれど、たぶんすごく苦しんでいたと思う

コンプレックスに感じていたと思う

あがり症の劣等感で、ほかにも自信のなさが波及して、生きていて楽しい思いを味わえなくなったのかな?

この症状があるばっかりに、社会人になってもプレゼンや発表、発言の場が来ることにおびえて、予期不安を感じて今も生きているかもしれない

スピーチクリニックに通って必死に努力しようとしていたのかもしれないし、本当に今現在彼があがり症を克服していることを祈っています



わたしはあの時のことを本当に申し訳なく思っています

本当泣きたかった

一緒に苦手なことを告白しあって、お互いに安心したかった

他にも悩んでいる人がいるってことを知らせたかった

でも、当時のわたしには勇気がなかったし、まさか中学の時以上にどんどんあがり症が悪化していくなんて・・・・・・・

おそらく彼のあがり症のレベルをのちのち超えてしまったかもしれない

もうあがり症はたくさんです!

絶対皆さん、あがり症を克服しましょう!

こんな思いは二度と嫌です!
posted by piyopiyo at 23:29| Comment(0) | あがり症の辛い記憶と体験 | 更新情報をチェックする
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