2014年10月20日

あがり症の発現 わたしのつらい過去の記憶 あがり症の子への懺悔

わたしのあがり症への道は思えば小学校の時から始まっていたかな

とにかく人前で発言したり発表することが苦手だった

友達は多かったし、わたしも楽しく学校ライフを過ごしてたけど、国語の授業で当てられちゃった時のドキドキ感は人よりもあったと思う



ただしその時はあんまり深く考えたりしなかった

だから苦手だなという感じですんでいたんだけど、たしかにあがり症になる種はこの頃に蒔かれていたんだと思う

なんで友達や他人と話す時はどぎまぎしないのに、発表ごとの時だけ動悸が強くなって息がしにくくなるのかわからなかった

ただそうなる、それだけの現象だと思っていたし、まだまだ自意識が少ない頃だったから、それ以上の悪化はなかった



でも嫌で嫌でしょうがなかった

なんとか人並みにやり遂げようとばかりしていて、特別に発表で褒められることもなかったし、この頃は人から笑われるような大失敗はなかったと思う



問題は自意識が芽生え始める時から

恐ろしいことに、わたしは中学のクラスメートの男の子が国語で教科書を人前で読む時に、どうもつっかえたり震え声でいたのを「わたしじゃなくてよかった」と思いながらも、わたしよりもひどい状況に友達と噂しあったりしてた

友達が「○○ってさ、当てられた時おもしろいよね」と言ってきたのを、正直ドキドキしながらも、「そうだね、おもしろいね」と友達に合わせてくすくす笑っていたんだ

本当は泣きたかったし、すごく劣等感を感じた

その子に申し訳ないなと思った、かわいそうだと思った



だけど私よりひどいコがいた事に関してはホッとしていた

でもこの複雑な思いは、どっちにしてもわたしの心に矛盾を与えたし、苦しかったことにかわりはない

当時はまだひどいあがり症ではなかったけれど、あきらかに小学生の無邪気な頃に比べて、教師から指名されるのが嫌だった

嫌な教師の時は、ほんと息が詰まる思いだった



あのあがり症の子はその後どうなったんだろう?

クラスは別々になったし、あがり症がどれくらい彼にとって悪化していったか知るすべはないけれど、たぶんすごく苦しんでいたと思う

コンプレックスに感じていたと思う

あがり症の劣等感で、ほかにも自信のなさが波及して、生きていて楽しい思いを味わえなくなったのかな?

この症状があるばっかりに、社会人になってもプレゼンや発表、発言の場が来ることにおびえて、予期不安を感じて今も生きているかもしれない

スピーチクリニックに通って必死に努力しようとしていたのかもしれないし、本当に今現在彼があがり症を克服していることを祈っています



わたしはあの時のことを本当に申し訳なく思っています

本当泣きたかった

一緒に苦手なことを告白しあって、お互いに安心したかった

他にも悩んでいる人がいるってことを知らせたかった

でも、当時のわたしには勇気がなかったし、まさか中学の時以上にどんどんあがり症が悪化していくなんて・・・・・・・

おそらく彼のあがり症のレベルをのちのち超えてしまったかもしれない

もうあがり症はたくさんです!

絶対皆さん、あがり症を克服しましょう!

こんな思いは二度と嫌です!
posted by piyopiyo at 23:29| Comment(0) | あがり症の辛い記憶と体験 | 更新情報をチェックする
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